【シリーズ全4回】大阪府豊中市のインクルーシブ教育。南桜塚小学校訪問レポート#2

豊中市立南桜塚小学校訪問レポート 特別支援教育

ともに学ぶための工夫と実践「ついていかなあきまへんか?」

大阪府豊中市の「ともに学び、ともに生きる教育」の実践や歴史をレポートすることで、あらためて教育の向かうべき方向性を再考してもらう一助になればという思いで執筆している【全4回】豊中市立南桜塚小学校訪問レポート。

第1回の記事では、豊中の教育の大きな特徴や考え方について紹介した。第2回の今回は、より具体的な実践方法や工夫について触れていく。

障害のある子もみんな一緒にいる教室は「普通」

5年生児童「給食、一緒にたべませんか?」

橋本校長の案内で校内を見学していると、5年生のクラスで給食に誘われた。自分の子どもの学校ですら、行事や付き添いで学校に行っても給食にお誘いいただける機会はなく、そういうものなのだと思っていたので面食らってしまった。

「え、いいの?」

児童「はい!一緒に食べましょう。こちらへどうぞ〜」

声をかけてくれた女の子は慣れた様子で私たちを案内してくれる。
本当に大丈夫かな、と思ってきょろきょろと担任の先生の姿を探すも、担任の先生らしい方はみつからず、不安に思っていると、橋本校長が「大丈夫ですよ」と背中をおしてくれた。

「スプーンはここからとります」
「おぼんはここから」
「大人だからおかずは大盛りです」

あれよあれよという間に児童たちがかわるがわる案内してくれ、着席していただきますの挨拶に。

豊中市給食

するとようやく担任の先生らしき男性の方がバンダナを巻いたスタイルで現れたので、説明しなきゃ…と思いきや、担任の先生も特に気にせず、「ああ、見学の方ですね」といった様子。何事もないようにクラスに交じって給食をいただくことになった。

筆者の地域ではあまり聞かないクロワッサンの給食をいただいていると、隣の席の子が質問してくれた。

「なんでこの学校を見に来たんですか?」

給食に誘ってくれた女の子もそうだが、案内してくれる子どもたちも、こうして大人相手に質問してくれる子も、どの子も皆主体的に自分の考えをぶつけてくれるような印象を受ける。

「この学校が障害のある子もない子もみんな一緒に過ごしていると聞いて、見に来たの。」

そう答えると、質問してくれた子は少し不思議そうな顔をしていたので慌てて付け加えた。

「それって、全国的にも珍しいことなんだよ。この学校には車椅子の子も目が不自由な子も一緒に教室にいるでしょう。一緒に過ごしていることについてどう思う?」

するとその子は首をかしげながら「んー。普通。」と言った。
そう、南桜塚小学校の児童たちにとって、あらゆる障害や特性のある子たちがともに過ごすことは、ごくごく普通のことなのだ。

各クラスで実践される担任の工夫

障害のある子もない子も教室でともに学ぶことがあまりにも当たり前になっている南桜塚小学校だが、一体どのようにしてともに学ぶ教育を実現しているのか

橋本校長が担任の先生方の工夫について教えてくれた。

「南桜塚小学校にも支援学級はあるんですよ。9クラスです。ただ、ここでは支援学級在籍の子たちもみんな通常の学級で学んでるんです。いろいろ工夫してね。たとえばさっき話したけんちゃんやったら、大好きなゴキブリを置いておけるコーナーを廊下に作ったりだとか。あとは、教室にパーテーションをおいて。その中にもう一つ机置いたり、連結したマットを敷いたりして、そこでみんなの視線を遮断した状態で授業を受けたりしていいよとか。あるいはもうまったく別のことしててもいいよと。レゴしてても、絵本読んでても本読んでてもいいし、転がっててもいいよっていう場所をつくってる先生もいてます。廊下に机を置いてるクラスもあります。その子の机じゃなくて、もう一つ別のをね。そこが落ち着くいうたらそこ使ったらいいじゃないかと。窓開けて授業聞いててもいいし、まったく違うことをやっててもいいし。」

通常、支援学級の担任や介助員は、支援学級在籍の児童生徒の支援をすることが一般的とされる。ところが豊中市の小中学校では、支援担とよばれる支援学級の担当教員は、通常の学級に入ってクラス全体を見る前回の記事でもお伝えした「すべての教職員がすべての子どもの担当である」という考え方がここでも浸透しているのだ。

支援担の先生は、必ずしも支援学級に在籍している子だけが頼る人ではなく、誰もが困ったときに頼れる存在であるという考え方は、支援学級に在籍する子が決して特別な存在ではないという意識につながっている。あくまでもその時支援が必要ということであり、自分もいつか支援を必要とすることになるかもしれない、そんな安心感がクラス全体をつつみ、同じ仲間としての意識を育んででいるようだ。

重度の知的障害がある子はどうやってともに学ぶのか

教室でともに学ぶことを実現するために、個々の希望に合わせて可能な限り工夫を凝らし、障害の程度や種類に応じて支援担の先生はじめ教員全体で知識やノウハウを共有していることがわかった。

しかし、知的障害の程度が大きいと、同じ教室でとも学ぶ上でどうしても難しさが生じてくるのではないだろうか。重度の知的障害がある子は、どのようにして同じ教室で過ごしているのか。最も気になっていることを橋本校長にぶつけてみた。

これね、一緒なんですよ。

すると橋本校長は、思わぬ言葉から説明を始めた。一緒とは、いったいどういうことなのだろうか。

「こないだも『先生、うちの子授業ついてってますか』って保護者が言いにきはったんですよ。私も別に答えなんか用意してたわけではないんですが、思わず出たのが、ついていかなあきまへんか?っていう言葉なんです。ついていくってなんなんですか?って言ったらお母さんちょっと詰まって、『ついていくって…そうですよね』って言わはりました。」

通常、特別支援教育では、「自立活動」という学習が共通して行われる。

自立活動は、「個々の児童又は生徒が自立を目指し,障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要な知識,技能,態度及び習慣を養い,もって心身の調和的発達の基盤を培う。」(※1)とされており、特別支援教育の中心にすえられる学習だ。特別支援学級や特別支援学校への就学がすすめられる多くの場合の根拠となるのもこの「自立活動」であり、特別支援教育が特別であることの所以ともいえる。

自立活動は、人間関係や心理的な安定など6つの区分と27の項目に分類されているが、その具体的な指導の実施内容については、それぞれの学校や担当する教員によってばらつきがあり、効果や成果について明文化していることも少ない。それゆえ、個々の児童生徒にとって「自立活動」が本当に学びになっているのかどうかという判断が難しいのではないかという疑問があった。

橋本校長「自立活動というと、何か自立のためにせなあかんという意識があるんでしょうね。私も新任の頃は、『この子もうちょっと歩けるようにしたって』言われたり、『10まで数えるようにしたって』言われて一生懸命やってました。そしたらあの子ら、歯くいしばってましたよ。そんなことやってたらね、だんだん『この子の学校生活って何なんだろう』ってものすごい違和感がね。こんな歯を食いしばって、頑張れ頑張れ言われる学校生活ってなんなんだろうっていう。自分はひどいことしてるんちゃうかって、そんなんありましたよ。40年前ですけどね、どっかにまだ”この子を自立させるんだ”っていう意識があったんですよ、豊中に。自立活動いうんやけども、この自立ってどういうことかって考えたらね、全部自分でできることか?って。そうじゃないでしょって。通常学級で100%一緒におることで、この地域で頼れる関係がたくさんあるっていうことがこの子にとっての自立でしょって。」

見学させていただく中で、3年生の教室に小児用バギーに乗ったすみれちゃん(仮名)に出会った。彼女は自分では歩く事ができず、首も自力では支えきれずにずりおちてしまうこともしばしば。胃ろうと呼ばれる処置で胃に直接チューブで食事や水分を注入する医療的ケアもあり、言葉は話せない。

教室をのぞかせていただくと、周りの子が当然のようにかわるがわるすみれちゃんのほっぺたをつんつんしたり頭をなでたり、ずり落ちてしまった首を元に戻したりしていた。

廊下には図工の時間に制作したというオルゴールが展示されており、一人の女の子が自慢げに言った。

「これな、私もいっしょにつくってん。すみちゃんの、一緒につくってん。」

ときに友達の助けを借りながら、すみれちゃんも他の児童と同じように通常学級で過ごし、自然な形で授業に参加しているという。

豊中市立南桜塚小学校
すみれちゃん(仮名)の図工作品

橋本校長「知的な理解ができない子や会話ができない子…重度の知的障害がある子がどうやって学び目標設定やプロセスを進めているかっていう。これは支援学級に在籍していると個別の支援計画ってつくりますよね。短期、中期、長期でつくって、保護者とも共有して目標をたてる。ただね、個別の支援計画をそんなに重視してないんですよ。もう通常学級で日常やってますからね。その日常が続いていくというだけの話なんですよ。」

たとえば重度心身障害がある子が音楽会に参加する、といったときに、ついつい「どうやったら一緒に演奏できるのだろう」「参加するのは難しいのではないか」と考えてしまう教職員も多い。

橋本校長「もう私たちが大人になる過程で能力主義に染まってるんでしょう。だから音楽会に参加する言うたら『歌えますか』とか『楽器演奏できますか』っていう。もうね、なんで揃えなあかんねんって。ええやないか楽器持って、その子のリズムで鳴らしてたらそれでええし、持ってて身体揺れたらちょっとくらい鳴るでしょ。そんでええやないって。『何か音がなってるなあ、みんなが並んでみんなで音鳴らしているなあ、今それをするときなんかなあ』って感じて楽器を振ってやる。正確なリズムがなんて言い出したら全然違うかもわからんけど、その子のリズムで参加してもらったらもうええんちゃいますか。」

橋本校長の話を聞いていると、音楽とはこうあらねばならない、とか、絵画はこう描かねばならない、という枠にはまってしまっているのは大人の私たちのほうかもしれない、と思えてくる。一緒にいながらにできることが、そのまま音楽になり、作品になる。それが通常学級の日常がつづいていく、ということの本領なのかもしれない。

教室の中に多様な学びを「ほっとかへんで」

図工や音楽は大人の思考を自由にすることでいくらでも一緒にできることが想像できた。それでは積み上げ学習が基本の教科学習はどうだろうか。低学年のうちは一緒に学習しやすい内容でも、学年が上がるにつれて、どうしても理解できない授業になっていくことは否めない。

豊中では中学校でも原学級保障としてすべての子どもが通常学級で過ごしているというが、重度の知的障害のある子は一体どのようにして教科学習の時間をすごしているのだろう。

橋本校長「これね、逆もあるでしょ。以前ね、普段あまり来ない子が校長室に入ってきたんですよ。珍しいなあ、何があったんやって聞いたら『授業がわかりきったことの繰り返しでしんどい』って言うんですよ。『我慢できないか?』って言ったら『1時間やったらいいけどそれが3時間続いたらそらしんどいわ』って。そらそやな、どうしたもんやって。『別に教室におんのはええねんな』って聞くと『もちろんいい』って。友達関係も問題ない。教室におったらいいんやけども、しんどい言うから、そうか、言うてね。ほんだらちょっと家の人きてもらおうや言うて、お母さんにきてもろて、ほんだらもう結論は早いです。『授業中、まったく違うことしましょ、お母さん。お母さんはそれでもいいですか』言うたんです。」

その子のお母さんは自分の子だけ特別扱いをすることに周りの子どもたちが納得しなかったり、自分も別のことをしたいということになって先生を困らせるのではないかと心配したという。橋本校長は、クラスの友達には家の人にきてもらって話し合いをして決めたことを説明すればよいのではと提案した。もし自分も別のことをしたいという子が出てきたら、同じようにお家の人を呼んで話し合いをしようと伝えれば、大抵の子はそうそう家の人に学校にきてほしくないものだから、きっとみんな軽々とそんなことは言わないのではないか、と。

あとは担任がクラスのみんなに説明ができるかどうかだが、クラス担任は「うちのクラスやったら説明できると思います」と言ったという。そのクラスには、医療的ケアのある重度障害のある子が在籍していた。もともとその子が授業によってはみんなと違うことをしていたため、子どもたちは自然と考えも柔軟になっていると担任は見込んだのだ。

「全く授業と関係ないことをやってるんやけど、みんなどう思う?」
担任がクラスにそう問いかけると、しばらく考えた後、一人の子が言った。

それで教室におれるんやったらええんちゃう?

その一言で共感が広まり、それから授業が簡単すぎてつまらないと悩んでいた子は授業中、授業に関係のない難しい本を読んだり、受験のための難しい問題を解いたりと全く好きなようにやるようになったという。ただし、音楽や図工や体育はみんなと一緒に参加をし、また彼にとって知らないことを知る機会になる授業の時は、ぐっと食いついてみんなと一緒に授業をうけていたという。

この話を聞いて、これでいいのか、とはっとした。知的に進んだ子がその子に合った難しい学習をするように、知的な理解が難しい子がその子に合った学習をするのだって、それで一緒に教室にいられるなら、よいのではないか。

橋本校長「教室の中に多様な学びをということなんですよ。そこの基本は“ほっとかへんで”ということですから。学級担任、教科担任、支援学級担任が入り込みでほっとかへんのです。彼らの役割は、こどもたちをつないでいくということなんですよ。授業内容をよりわかりやすいプリントにしてやってるケースもあります。教科により、授業と全く別のことをやったり、全く違う教科とか、全く違う内容に取り組んでることもあります。教室内の別の座席でやってることもあるし、廊下でやってることもあるんです。」

ともに学ぶという目標を掲げると、教室にいるのが苦しい子も無理やり教室にいさせているのではないか、という疑問をぶつけられることもあるという橋本校長。いわゆるダンピング状態への疑問視だ。

しかし、現場をみて分かるように、実際にはそんなことはまったくない。しんどかったらこうしよう、という提案をし、よかったらこうしてみよう、と子どもたちに問いかける。その結果として、ともに学ぶことが実現しているのだ。

「別の場所にいてても子どもたちの心がつながっていればなんでもありなんです。」
橋本校長はやさしい口調で言った。

次回#3では、この豊中の教育を現在のような形で実践するための仕組みやその成果について紹介する。

注釈

※1 文部科学省 特別支援学校小学部・中学部学習指導要領 第7章 自立活動https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/tokushi/1284536.htm

※2 障害のある児童生徒との 交流及び共同学習等 実施状況調査結果 
平成29年9月28日 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/10/30/1397010-3.pdf

ruizakoji

フリーランスで執筆・広報など。エッセイ・フィクションも。関心事はアートと健康、障害、医療、文化人類学。TEDxSakuファウンダー。長野県佐久地域を拠点に、タイ・インド移住を経て、2021年からフィリピンと2拠点生活。重心児含む4児の母だが、一時的にワンオペ3人育児中。無意味の意味を信じる心の露出狂。

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